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チャムリー司祭は東京府立小笠原修齋学園の教員で、クリスチャン、留岡幸助の東京巣鴨の家庭学校職員で、大正13年には修齋学園園長事務取扱の西村茂次と交流があったのではないか。植物学者でもあり、学名にも西村の名前を冠した小笠原固有植物がある西村は詩集「小笠原トンボ之歌」(三康図書館蔵)という作品を残す俳人でもあり、不良少年の更生教育に挺身しました。チャムリー司祭は小笠原聖ジョージ教会の訪問の後で、学園にも行ったので、当然ながら西村とも会ったであろうと推測します。
チャムリー司祭は学園で説教したかも知れない。園長の野崎宏前鹿児島典獄もクリスチャンであり、他の職員もそうであったから。このあたりのことを詳しくご存じの方はいらっしゃいませんか?
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