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全22件の内、新着の記事から10件ずつ表示します。 1  2  3  |  《前のページ |  次のページ》 

連絡

 投稿者:太一  投稿日:2009年 6月 9日(火)12時52分23秒
  ありません  

LBチャムリー司祭と西村茂次

 投稿者:石井良則  投稿日:2009年 5月12日(火)22時49分45秒
   チャムリー司祭は東京府立小笠原修齋学園の教員で、クリスチャン、留岡幸助の東京巣鴨の家庭学校職員で、大正13年には修齋学園園長事務取扱の西村茂次と交流があったのではないか。植物学者でもあり、学名にも西村の名前を冠した小笠原固有植物がある西村は詩集「小笠原トンボ之歌」(三康図書館蔵)という作品を残す俳人でもあり、不良少年の更生教育に挺身しました。チャムリー司祭は小笠原聖ジョージ教会の訪問の後で、学園にも行ったので、当然ながら西村とも会ったであろうと推測します。
 チャムリー司祭は学園で説教したかも知れない。園長の野崎宏前鹿児島典獄もクリスチャンであり、他の職員もそうであったから。このあたりのことを詳しくご存じの方はいらっしゃいませんか?
 

岩井佑彦司祭

 投稿者:石井良則  投稿日:2007年 2月12日(月)20時15分0秒
   「佑」という字であったと思います。資料が手元にないので、ちょっと。この方は立教大学の先生でしたが、戦前小笠原諸島の父島大村の聖ジョージ教会司祭でした。故海老沢有道先生がチャペルニュースで、この教会のジョセフゴンザレス司祭について言及され、名取先生も取り上げられていますが。ゴンザレス司祭は強制で小笠原恕清という日本名を持っておられますが、この方の死後に後任として八代先生の命で赴任されます。
 岩井先生の奥様にかって取材いたしましたが、奥様は戦前のことは存じ上げられませんでした。岩井先生は小笠原の旧島民の話では当地の軍の憲兵の圧力にも負けず布教し、19年の全島民強制疎開で内地に引き揚げられた由。
 俳優の池辺良氏は同級生だったらしく、当時のことを少しは御存じであったかも。岩井司祭の小笠原宣教について何か御存じの方はお知らせください。よろしくお願いします。「ジョセフ・ゴンザレスと父島英語塾」を調査研究しています。
 

石井亮一と石井筆子について

 投稿者:児玉 富美子  投稿日:2006年12月13日(水)18時37分33秒
  日本で初の精神薄弱児施設である滝野川学園についてエッセイを英語で書こうとしているものですが、石井夫妻についての資料があれば送料当方もちで結構ですので、送っていただけないでしょうか?石井氏がアメリカで白痴教育を受けた学校のことなども知りたいのですが、、、。聖公会のアメリカでの大会にまだ結婚する前にお二人ともに出席していますが、それに前後して亮一氏が2度渡米し、精神薄弱児の教育を受けられたのですが、それはアーウィン研究所でしょうか?わかる範囲でメールをいただけると嬉しいです。よろしくお願いいたします。  

小笠原修斎学園園歌について

 投稿者:石井良則  投稿日:2006年 8月27日(日)16時08分23秒
  戦前、小笠原父島洲崎にあった東京府立小笠原修斎学園の園歌を作詞作曲した、LBチャムリー司祭の、学園と聖公会との関係を調べています。ご存じの方はお教えくださいませ。  

トロット先生について

 投稿者:藤田恭吾  投稿日:2006年 8月 5日(土)23時47分19秒
  はじめまして、私は北海道・大沼公園に住んでいます藤田と申します。当地、大沼にある大沼遺愛ハウスの前の所有者が聖公会のヘレン・ボイドさんである事が分かりました。また、その建物には大正15年8月13日には英国婦人(宣教師・教師など)が避暑に来ていたことが
当地の函館新聞に記事として書かれておりました。この建物の管理人をしていた家族の方が
トロット先生から贈られた一対の燭台と先生の写真を保存しておられます。
この建物は大正3年から聖公会の講義所として、地元の年配の方(私の母も)は日曜学校と言っておりました。先日、東京女学館の正井副校長とお会いして話を伺ってきましたが、
北海道とのことについては殆ど資料が無いとのことでした。
何か、北海道との繋がりとなる資料がございましたら、お知らせ頂ければ幸いです。
よろしくお願いいたします。
 

オースチンについて

 投稿者:浅井潤  投稿日:2006年 6月 7日(水)15時52分44秒
  諫山様、垣内様 有難うございました。信濃毎日等、文献調べてみます。
聖公会をはじめ、先人の足跡を調査しております。軽井沢に関しての文献等が有れば
ご一報いただければ幸いです。
毎年8月1日 軽井沢ショー記念礼拝堂にて、軽井沢の先人を称えるお祭りを行っております。皆様是非お越し下さい。

http://trust.karuizawa.ne.jp/

 

(無題)

 投稿者:垣内 茂  投稿日:2006年 6月 7日(水)06時37分4秒
  W.T.Austinについての問合せ先として言及したMTSのURLは間違っていました。下記の通りです。http://www.missiontoseaferers.org.でした。  

W. T. Austinについて

 投稿者:垣内 茂  投稿日:2006年 6月 7日(水)06時30分39秒
  W. T. Austinは英国聖公会の海員への宣教団体であるMissions to Seamen(現在はMissions to Seafarers)宣教師として相当長く横浜に在勤しました。1,883年4月に大阪で行われた在日本プロテスタント宣教師協議会にも横浜在勤宣教師として参加しています。彼のAustin Hotelについては先ず横浜開港資料館所蔵のJapan Weekly Mail等を調査されたら如何でしょうか?主として外国人船員への保養施設の目的だったとすれば英字新聞などに広告など掲載したかも知れないと思いました。彼の個人的履歴などのデータはLondonのMTS本部へ問い合わせたら分かるかもしれません。http://www. missionstoseafarers.org.以上  

オースチンについて

 投稿者:諫山禎一郎  投稿日:2006年 6月 6日(火)17時37分12秒
  管区事務所の資料を調べましたが、1873年来日の宣教師までは分かりましたが、詳細記録がありません。
昭和3年のホテル焼失も基督教週報に記載がありませんでした。
というわけで、ご期待にそえません。
今日の結論は以上のとおりです。
もしかしたら信濃毎日新聞あたりに記事が出ているかも知れません。
 

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